脛・腓骨々骨幹部開放性骨折
脛・腓骨々骨幹部開放性骨折
医学的には,脛骨顆部の最大横径の平方に含まれる部分を近位端,脛骨遠位部の最大横径の平方に含まれる部分を遠位端,それらを除く部位が骨幹部と定義されています。
ここでは,後遺障害を検証する観点から,ちょうど中央部を骨幹部として捉えています。
交通事故における下腿骨々折の中では,最も多発している部位で,脛骨の単独骨折,脛・腓骨の骨折,腓骨の単独骨折の3種類があります。
脛骨は皮膚の直下にあり,骨が皮膚を突き破る,開放性損傷を起こしやすい特徴があります。
- 脛骨の下,3分の1の骨折では,下方の血流が停滞し,骨癒合が遅れ,偽関節を形成する。
- 骨皮質が多く,海綿骨が少ないので骨癒合が得られにくい。
骨折が治癒するには,骨折部周囲の血流が豊富なことが要件ですが,脛骨の下半分は,筋肉が腱に移行する部位で,骨周囲の血流が乏しいのです。 1・2を理由として,脛・腓骨々幹部骨折は難治性です。
受傷直後の症状は,激痛,腫脹で顔面蒼白状態となり,下肢はぐらつき,立位は不可能な状態です。
レントゲン撮影で,容易に診断することができます。
開放骨折では,骨折した骨の一部が,皮膚を突き破って飛び出しています。
基本的に,他の骨折と同じ,非開放性で,転位のないときは,整復の上,ギプス固定がなされます。
転位とは,骨折部のズレのことです。転位が大きければ,通常の整復では骨癒合が期待できません。
そこで,かかとの骨にキルシュナー鋼線を入れ,その鋼線を直接牽引します。
その他,皮下骨折で直接牽引ができないような複雑な骨折の場合,キュンチャー髄内固定やねじ・プレートにより,観血的に治療をおこないます。
治療は,圧倒的に手術による内固定が選択されています。
①のキルシュナー固定は骨膜を傷つけることがなく,骨癒合が遷延しない利点があります。
②のAOプレートは強固な固定が得られますが,偽関節の可能性を残します。
これ以外にも,エンダー釘による固定も行われています。
大半の症例で,骨癒合が完了し,抜釘するまでに1年近くを要しています。
高度の粉砕骨折や開放性骨折は,安定性が得られるまでの期間について,上図の創外固定器が使用されていますが,このレベルでは,イリザロフ式創外固定が推奨されます。
脛骨の固定に際しては,以下のようにネジで固定します。
後遺障害としては,下腿の短縮,偽関節,腓骨神経麻痺やコンパートメント症候群等が予想されます。
骨延長とイリザロフ創外固定器
さて,開放骨折では,骨が皮膚の外に出ており,感染を起こす可能性が非常に高いのです。
そのため,骨折部位に直接,プレートや髄内釘を接触させると,感染を起こし化膿性骨髄炎を引き起こし,切断の可能性も予想されます。
ここでは下腿骨の治療に有効な,イリザロフ式創外固定について,説明します。
この治療法は,旧ソ連のクルガン地方で第2次大戦後の戦傷兵の治療に携わっていたイリザロフ医師が偶然に発見した治療法です。
クルガン地方はモスクワから3000km離れた西シベリアの辺境です。
医薬品・医療器具,そして電気さえもままならない状況の中で,イリザロフ医師は自転車のスポークを鋼線の代わりに利用して骨に刺入し,これに緊張をかけて独自のリング状の固定器に接続をして骨片を固定する方法を開発しました。
とある患者にこの固定器を取り付け,術後医師が休暇を取って不在の間に,患者が固定器に取り付けられていたナットを間違って逆回転させました。
つまり締め付けるところを緩めてしまったのです。
休暇から戻ったイリザロフ医師は骨移植の必要を感じ,患者の骨折部をXP撮影したところ,骨折部の間隙はすべて新生骨で充填されていたのです。
つまり飴細工のように骨を伸ばしたり,骨幅を増やしたり,どのような変形でも3次元的に矯正できるのがイリザロフ式創外固定器なのです。
この術式は,全国的に広まっており,かなりな進化を続けています。
最近手指に対して,ニューイリザロフ創外固定器,イリザロフ・ミニフィクセイターも登場しています。
そしてイリザロフ以外にも,アルビジアネイル,延長機構を内在した大腿骨髄内釘で延長をすることができるようになっています。
アルビジアネイルは,閉鎖式骨固定法ですから,創外固定に比較して感染の危険性が少ないことや,治療完了までの生活の質を高く保つことが可能です。
脛・腓骨々骨幹部開放性骨折における後遺障害
本症例の後遺障害は,下腿骨の短縮,偽関節,変形癒合,合併症としてコンパートメント症候群,稀に腓骨神経麻痺があります。
当然ながら,専門医が初期治療を担当したときは,大部分で,これらの問題を残しません。
しかし,交通事故外傷では,修復が不能である破滅的なダメージを受けることもあり,かつ,全ての被害者に専門医による良質な医療が提供されることも考えにくい状況です。
後遺障害の議論は,ここからスタートするのです。
下肢の短縮障害では,3段階の評価です。
下肢の短縮障害による後遺障害等級 | |
8級5号 | 一下肢を5cm以上短縮したもの |
10級8号 | 一下肢を3cm以上短縮したもの |
13級8号 | 一下肢を1cm以上短縮したもの |
本件では,下腿骨の骨折ですから,左右の膝関節~足関節までのレントゲンの比較で短縮を立証します。
調査事務所の損害調査関係規定集では,下肢の短縮について,「上前腸骨棘と下腿内果下端間の長さを測定し,健側と比較して算出する。」と規定されています。
この方法であれば,パンツを履いたまま計測ができるのですが,これが通用するのは,13級8号,1cm以上の短縮に限られています。
10級8号や8級5号では,調査事務所も画像による立証を求めています。
ここでの問題点は,短縮が0.9mm,2.9mm,4.9mmのときです。
等級認定では,0.9mmは非該当,2.9mmは13級8号,4.9mmは10級8号となります。
しかし,現実の歩行では,0.9mmは13級8号,2.9mmは10級8号,4.9mmは8級5号レベルの支障を残しているのです。
なお,短縮障害は,下肢のみに認められる後遺障害です。
仮関節とは?
脛骨・腓骨の仮関節による後遺障害等級 | |
7級10号 | 脛骨および腓骨の両方に仮関節を残し,著しい運動障害を残すもの |
8級9号 | 脛骨に仮関節を残すもの |
12級8号 | 腓骨に仮関節を残すもの |
ほとんどの整形外科医は,仮関節ではなく,偽関節と呼びますが,意味するところは同じです。
医学では,骨の一部の骨癒合が得られていないとき,偽関節と診断しますが,
後遺障害では,
- 骨折部に,骨癒合が全く認められないこと
- 骨折部に,異常可動性が認められること
これらの2つの要件を満たしているときに,仮関節と判定しています。
医師の診断と後遺障害の認定基準に解離が生じていることを承知しておかなければなりません。
「右脛骨の骨折部に仮関節が認められるが,異常可動性がない」
プレート固定がなされているときは,この状況が予想されます。
もちろん,抜釘すれば,骨折部は仮関節で異常可動性を示すことになり,抜釘はできません。
抜釘前であれば,異常可動性がなくとも,仮関節は認められます。
3DCTの撮影で,骨折部を360°回転させれば,立証できます。
ここでは症状固定として,
- 仮関節で8級9号を獲得するか?
- 再手術で骨癒合を目指すのか?
いずれかの選択をしなければなりません。
常識的には,誰もが再手術と回答するのですが,それができない状況もあるのです。
すでに,この事故受傷で,平均的には,4ヶ月間以上を休業しています。
現業職であれば,6ヶ月のフル期間を休業していることも珍しくありません。
再手術となれば,さらに,4ヶ月程度の休業が必要となるのです。
等級を獲得する目的で,症状固定を選択することが全てではありません。
仕事上,人間関係上,そうせざるを得ない背景も,交通事故では発生しているのです。
なお下肢の短縮障害と仮関節は,併合の対象です。
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